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トルコ:トルコでの3か月

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写真1.語学学校の先生とクラスメート(2026年4月27日)  トルコでの 3 か月の長期フィールドワークが終了した。トルコに到着した当初は、英語ですらまともに話せないような状態で、 1 人で 3 か月間もトルコで暮らしていけるのか非常に心配だった。特に、トルコに到着してから 1 か月が過ぎたころ、これからまだあと 2 か月もあるのかと思っていた時期もあった。しかし、実際に 3 か月が終了し日本に帰国するとなったとき、一番初めに思ったのは、 3 か月間あっという間だったということだ。 3 か月間もの間をあっという間と感じることができたのは、トルコで関わったすべての人のおかげであると感じる。語学学校や寮で関わった人は特に印象に残っており、非常に接しやすく何か困ったことがあったとき、相談すればすぐに手伝ってくれる人ばかりであった。 語学学校では、授業を受け始めたころ英語もトルコ語も全く話せない状態で、コミュニケーションが全く取れずこれから授業を受け続けられるか心配していた。しかし、クラスメイトのみんなが文法・単語ともにままならない私の英語を必死に理解しようとしてくれたおかげで、英語でのコミュニケーションをとれるようになり、語学学校での生活を楽しく過ごすことができた。(写真①)また、語学学校にいた先生方も非常に優しく、フレンドリーな先生ばかりであった。休憩時間には、テラスのようなところで外の空気を吸いながら、簡単なトルコ語や英語を使って雑談をしていた。 写真2.展望デッキから見た金角湾    また、現地で調査などのチューターとしてお世話になったセヴデ( Sevde )さんにも、様々な場所へ連れて行っていただくことができたため、非常に充実した 3 か月間を過ごすことができた。セヴデさんに連れて行ってもらった場所の中で特に印象に残っているのは、金角湾(トルコ名:ハリチ (Haliç) )と呼ばれる、イスタンブールのヨーロッパ側における新市街と旧市街を分ける、角のように曲がった形状をしている川である。(写真②)金角湾の近くには、金角湾を一望することができる展望デッキのようなものがあり、ロープウェイに乗って展望デッキへ向かうことができる。写真②は現地時間の 20 時前に撮影したものだが、ちょうど日が落ち始める時間帯であるため景色が非常によく、展望デッキはたくさんの人で溢れ...

トルコ:様々な文化に触れあう祭り

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  写真① 会場の入り口に設置されていた門( 2026/5/21 ) トルコに来てから初めての祭りに参加した。(写真①)祭りの会場は、以前は空港として利用されていた「アタテュルク空港」の跡地である。やはり空港であるため敷地が非常に大きいが、祭りの規模もそれに付随して大きいため、祭りに参加する人々の数は非常に多かった。 この祭りは、 Etnospor Kültür Festivali( 英: World Ethnosport) と呼ばれる祭りで、様々な国の文化や伝統的なスポーツを、観戦したり体験することができる祭りである。また、この祭りでは、無料で様々な国の料理やコーヒーを提供しているブースもあり、非常に長い行列を作っていた。 写真②トルコの伝統スポーツのジリット (Cirit) ( 2026/5/21 ) 祭りで最も面白かったのは、ジリット ( Cirit ) と呼ばれるトルコの伝統的なスポーツである。(写真②)詳しいルールはわからなかったが、 2 チームに分かれ、攻撃側が相手チームに向かって槍を投げに行き、投げられたチームのうち 1 人が攻撃をしてきた選手を追いかけ槍を投げる、というゲームである。その中で特別な加点のようなものがあるらしく、投げられた槍を空中でキャッチしたり、相手に追いつき攻撃をするのではなく手をつなぐと得点が入り、観客も非常に沸いていた。 写真③ウルファ・ケバブ( 2026/5/21 ) また祭りではケバブも食べた。(写真③)ドネル・ケバブ ( Döner kebap ) 、シシ ・ ケバブ (Şiş kebap) 、イスケンダル・ケバブ (İskender kebap) など、ケバブには非常に多くの種類がある。その中で今回はウルファ・ケバブ (Urfa kebap) を食べた。日本で一般的とされているケバブはドネル・ケバブであり、串にささった巨大な肉の塊を回転させ、そこから削ぎ落した肉を使用するのが特徴である。しかし、ウルファ・ケバブはドネル・ケバブと違い、ひき肉から作るハンバーグのような肉を使用するのが特徴である。同じくひき肉を使用するケバブとしてアダナ・ケバブ (Adana kebep) というものがあるが、ウルファ・ケバブはアダナ・ケバブと違い唐辛子をほとんど入れないのが特徴である。 Ramazan

トルコ:Edirne(エディルネ)日帰り旅行

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  Karaağaç (カラアーチ)での朝食( 2026/4/18 ) トルコへ来てから 1 か月と2週間ほどが過ぎた。平日は毎日授業で週末は調査と、なかなか観光などをする時間がないが、そんな中、 4 月 18 日に寮主宰のエディルネ( Edirne )日帰り旅行イベントが開催されていた。トルコを観光できるせっかくの機会のため参加した。 当日はバスが朝 7:30 に学校を出発予定であったため、 6 : 30 に起床した。早朝はまだ少し寒さがあるため、アウターを羽織って出かけた。バスは大学の正門から出発である。寮から大学の正門までは歩いて 10 分ほどかかるため、寮を少し早めに出発した。大学からエディルネまでは 2 時間ほどかかる。バスに乗っている間、外の景色を眺めたり、睡眠をとったりした。 10 : 30 頃、 カラアーチ( karaağaç) というエディルネの郊外にある地区にて、朝食を食べた。(写真 1 )普段食堂で食べる食事では、スープなどに豆が多く使われていたりするが、ここで食べた食事にはそもそもスープもなく豆も一切なかったため、トルコ国内の地域色のようなものを感じた。 写真2.カラアーチ駅(2026/4/18) 朝食を食べた後は、過去に欧州とトルコをつなぐ鉄道の駅として利用されていた「カラアーチ駅」を訪れた(写真②)。現在は「トラキヤ大学」の施設の一部として利用されているらしく、外からしか見ることができなかったが、外観は「少し豪華な駅」といった印象を受けた。また、ここには当時使われていたとされる汽車も置かれており、たくさんの人が汽車とともに写真を撮っていた。 写真3.医学博物館内に展示されている医療器具の展示(2026/4/18) その後は、医学博物館を訪れた。この博物館は、バヤズィット 2 世( 1447 ― 1512 年 )が 15 世紀に病院として利用していた建物が回収されたものである。博物館には、過去の診察のデータ (文書) や病に関する当時の治療方法、当時使用されていた医療器具などが展示されていた(写真③)。解説を読んで理解するのは難しかったが、医療器具の展示品や当時の現場を再現したモデルの展示は、見ているだけでも非常に面白かった。 Ramazan

トルコ:イブン・ハルドゥン大学での暮らし

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  写真1.イブンハルドゥン大学の寮の部屋 3月のイスタンブールの気温は日本よりほんの少し高いぐらいである。イスタンブール空港へ到着したときは、朝の 5 時に到着したということもあり非常に寒く、インナー、長袖の T シャツ 、シャツ 、ダウンの合計 4 枚着ていても、風邪をひきそうなぐらい寒かった。何が原因かわからないが、ずっと強い風が吹いており、その影響から日本にいるときより寒く感じる。また、トルコへ来てからもうすぐ 1 か月がたつ 3 月の終わりごろ、雨がよく降っているが風が強いため傘をさすことができず、よくビチョビチョになっている。 初めての単身での海外渡航は不安がいっぱいであったが、いざトルコへ来てみると人々は非常に温 かく 、 イブン・ハルドゥン   の学生も非常にフレンドリーですぐにたくさんの友達ができた。空港に着いた時もイブン・ハルドゥンの 学生 が迎えに来てくれて、寮についてからは寮の部屋の紹介をしてくれた (写真1) 。部屋には 3 つのベッドと勉強机が置かれて、トイレとシャワーは別で設置されている。寮の部屋は普通 2 人か 3 人でシェアをして暮らすが、滞在期間が短いからか部屋には僕一人のため 3 つのベッドを贅沢に使っている。 写真2.寮内の窓から見た食堂(中央)。距離を見せるため等倍で撮影 写真3.寮のすぐ横にある大型のジム(撮影日2026/4/1) イブン・ハルドゥン大学の敷地は、今まで見たどの大学よりも大きいと感じた (写真2) ほどであり、敷地内には様々な施設がそろっている。まずは食堂。敷地が広いため、寮から歩いて 10 分ほどかかる。また、食堂と同施設内にはコンビニのような小さな売店が設置されている 。寮のすぐ近くにはジム (写真3) が設置されており、そこではワークアウトジムやサッカーコート、バスケットボールコートのほかにもバレーボール、プール、アーチェリーなどがあるため、様々な運動をすることができる。 写真4.よく食堂前にいる猫。この子に限らずどの子も人懐っこい(撮影日:2026/3/12) また、トルコではいたるところで猫を見ることができる (写真4) 。町中ではもちろん、学校敷地内にも 2 匹ほど住んでおり、食堂へ行くとよく出会う。また、寮内にも時々猫が侵入しているがだれも追い出すことはなく、むしろ雨が降...

トルコ:最後の休日

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写真1. 庭から見たドルマバフチェ宮殿(正面) 5 月 17 日は、約 3 カ月間献身的にチューターをしてくれたセブデさんと、トルコで最後の週末を一緒に過ごした。   地元の人しか行かないという美味しいピデ屋さんに行ったり、ドルマバフチェ宮殿(写真1、2)に行ったり、新市街のオルタキョイという町に行ったり、フェリーに乗って金角湾を渡ったり、ロープウェイに乗って高台(写真3)に行きイスタンブールを一望したりした。効率よく、たくさんのいいところに連れて行ってくれて、イスタンブールでもまだ行っていない知らないところがいっぱいあるんだなと感じた。 写真2.近くから見たドルマバフチェ宮殿(側面) ドルマバフチェ宮殿は、トプカプ宮殿より新しく、最後のスルタン(王)が住んでいた家。中にはたくさん部屋があり、天井も豪華で、当時のスルタンたちが着ていたと思われるカフタンや、青いタイルの壁を見ることができた。美女の野獣の世界みたいでとても美しかった。私はトプカプ宮殿より好きだったので、行ってよかったと思った。 写真3. 高台からの景色 5 月 19 日は最終日だったが、まだ行けていなかったアジアサイドのウスキュダルに行った。ウズベキスタン人の友達と一緒に食堂で最後の朝ごはんを食べてから、ウスキュダルの町を歩き、夕方に帰って急いで必死にパッキングを終わらせて、その日の夜、空港に向かった。 写真4.ベイレルベイ宮殿の階段で撮った鏡に映る私たち ウスキュダルは海がすぐ近いので魚が有名で、魚の市場もあった。この日は祝日で、街のあちこちでトルコ国旗が垂れ下がっていて、トルコ人は自分たちの国旗が大好きなんだなと思った。私もトルコの国旗を可愛いなと思ったので、記念に小さいものを買った。あとはアイスクリームを食べたり、ベイレルベイ宮殿に行ったり、カラフルな家が並ぶ素敵な町に行き、お菓子屋さんで美味しいクッキーを食べたりして、たくさん写真を撮り合った。生憎の曇り空だったが、友達のおかげで楽しい最終日を過ごすことができた。 写真5.Kuzguncuk というカラフルな家々 5 月は、やり残すことがないようたくさん予定を詰め、ハードな日々が続き、あまり充分に寝ていなかったので、帰りの飛行機はたくさん寝ることができ、 12 時間が一瞬だった。日本に帰ってからも、次の日の夕方の 5 時までぐっすり眠って...

トルコ:トルコ人が猫にやさしい理由

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トルコには猫が多いと知ってはいたが、想像の 4、5 倍は居た。しかも半分くらいの猫が太っているというか標準体型になっている 日本の猫はガリガリの野良猫が多いと思うがなぜトルコの猫はこんなにも野良猫とは見てないような体型や生活をしているのだろうか。 僕がトルコの街を歩いていると、猫のダンボールの簡易的な家やキャットフードが道に落ちていたり、水が入っている猫専用のお椀があったりする。外で外食をしている人も猫に餌をやっているのを見ることが多かった。 これは何故か? トルコ人がこれほど猫を大切にする理由に関しては、しばしば「イスラムと猫」の関係性を根拠にして説明される。トルコ国民のほとんどはイスラム教徒で、イスラム教の預言者であるムハンマドが猫を愛していたことから、イスラム教徒は猫を大切にすると言われている。 この話を聞いた時にに納得をした。トルコの人達はイスラム教をとても信仰しているイメージがありこれも宗教に関連してるのである。 匿名希望

トルコ:イズニック旅行

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5 月 4, 5 日のイズニック旅行についてブログを書く。 私はイズニックタイルの生産過程についてフィールドワークをするため、イズニックタイルの最初の生産地であるブルサ県にあるイズニックという小さな町に行った。 イスタンブールからブルサまではバスで 3 時間半かかるが、バスは揺れも少なくふかふかの大きい座席なので特に負担はなかった。ターミナルから路面電車に 20 分ほど乗ると、ブルサの中心地に着く。イズニックにより長く滞在するため、前日の 4 日はブルサにある友達のお家に泊まらせてもらった。イスタンブールと比べてブルサは人が少なく電車も空いていて、自然がたくさんあり温泉も有名で、とても気に入った。 ブルサからイズニックまではシャトルで 1 時間ほどかかり、料金は 500 円ぐらいだった。ブルサではずっと雨で寒かったが、イズニックまでの道中から晴れ間がでてきて、イズニックはとてもいい天気だった。気温もちょうどよく、太陽に照らされているたくさんの緑が綺麗でとても平和だった(写真1)。町並みも住んでいる人々も素敵で、私もこんなところに住みたいなと思った。日本もトルコも「ちょっと田舎」はやっぱりどこも良いなと思った。ブルサからイズニックまでの道中も、オリーブ畑や新緑の中をガタゴトと走り、青い湖が見え、すれ違う車も少なく、寝るのが惜しいぐらいだった(写真2)。 写真1.平和な街イズニック 写真2.お店が集まってにぎわう通り イズニックの町に着いたらまず、行きたかったイズニックミュージアムに行った。イズニック全体の歴史から、石器時代からローマ時代やオスマン時代に触れ、イズニックタイルの原点についても学ぶことができた。その後、町を歩いて回り、イズニックタイルのお店でお話を聞いたり、タイルのお店が並ぶ市場で買い物をしたりした。手作りのものがたくさん並び、どれも個人の味があり、すべてが本当に眼福だった (写真3、4、5) 。 写真3.お話しを伺ったタイルのお店で絵付けをしていた女性 写真4.タイル市場の看板 写真5. 可愛いマグカップ 夕方、ヤロヴァまでシャトルに乗り、ヤロヴァからイスタンブールのイェニカプまでフェリーで帰った。イスタンブールでも思い出に残る日々はもちろんあるが、イスタンブールでは味わえないであろう素晴らしい経験ができ、気分も晴れ、とても有意義な休日になった。 ゾウ

トルコ:身近なイスラム教のルール

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これは先々週の話。 いつも通りスレマニアキャンパス行きのスクールバスに乗ってスレマニアに向かおうとして 1 人用の席に座り出発を待って座っていると男の人に精華の女子の横の席に座るように指示された。色々席が有り余っているのになぜ?と思った。当時は 1 人席がいい自己中心的な人かなと思ったけどバスに乗って気になったので調べていると宗教に関係するそう。言われた時は正直嫌やったけど理由を知って仕方ないなと思った。イスラム教では未婚の女性と1対1になることや体に触れる行為は、スタッフであっても宗教上、許されないので、肩や手でも決して気安く触らないこと。 「相手の手を握ったら結婚しなくてはいけなくなるぞ」と、やや冗談気味に言われることもあるそう。 これは僕の推測かもしれないがモスクでお祈りする空間が分けられているのも理由の一つなのかなと思った。 普段日本で生活していてこういうことを全く気にしないので日常生活のちょっとしたことだがイスラム教について知れた瞬間だった。 匿名希望

トルコ:トルコの日本食事情

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  天ぷら粉。大きなスーパーに行けばいくつかの日本食材を見ることができる。 キッコーマンの醤油。高い。 寮で作った野菜の天ぷらたち トルコはよく、新日の国と言われることが多い。 それはトルコ人もよく分かっていて、トルコ人は本当に、日本が好きだ。 私が日本人と言えば、喜ばれることがほとんどだし、語学の話をすればほぼ 100% 、トルコ語と日本語は兄弟なんだよ、的な話をされる。しかし、そんな日本大好きトルコでも、日本食を手に入れるのは本当に難しい。勿論、アジアレストラン的なものはあるし、日本が好きだから、 sushi や udon などと売り出してはいる。けれどやはりレストランの価格は高いので、頻繁に行くことは難しいし、 sushi に挑戦したとしても、おそらく私たちが想像するような寿司ではないだろう(トルコ人は生魚を滅多に食べない)。 ならばスーパーに日本食はあるのか。ということで何度か大きいスーパーに行ってはみたものの、そこですらやはり高い。ポン酢は日本と同じ大きさくらいのもので 300 リラ(約 1500 円)、おそらくトルコ産であろう怪しい天ぷら粉も 300 リラ、海苔に関しては大容量ではあるものの、 460 リラ(約 2200 円)と、とても買えたものではない。日本人が好きなマヨネーズもここで使われるマヨネーズとは全く違うし、醤油だってキッコーマンはあるけど、それを買うと 200 リラ(約 1000 円)くらいはするだろう。というわけでトルコに行く人で食事が不安な人は出汁の素や調味料を持っていくことをお勧めする。 お米は基本的に食べられているから、調味料さえあればなんとかやっていけるだろう。あとはハラール認証のものしか食べれない人もいるので、現地の人に料理を振る舞いたいのであればそのような確認も忘れずに。とは言っても Imam bayıldı や Döner , Sarma などトルコ料理にも美味しいものが多いので、是非挑戦してみることをお勧めする。 Afiyet olsun! yonca

トルコ:トルコで初めてできた友達と過ごした夜

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イスラムにはラマダンという一カ月の断食があり、日が出ている間は食事(水も)を取らない。日没後の食事をイフタールと言い、ラマダン終了まで一週間ほどになると、イフタールパーティーがあちこちで開催され、大勢の人と一緒に夜ごはんを食べた。 この日はスレイマニエモスクのお庭で、ボランティアの人たちとそこに集まった旅行客たちとイフタールをした。日が落ちる頃にピクニックをしたのは初めてで、ピンクに染まった空とスレイマニエモスクを見ながらの食事は素敵だった。   日没しライトアップされた時のモスク 日没前パーティーに集まる人々の様子 先日スレイマニエモスクの中に初めて行ったときに、ボランティアで観光客などに情報提供している人に出会い、後日インフォメーションセンターで食事や礼拝を一緒にしたりして交流し、私には一人のお友達ができた。彼女は綺麗で英語が上手で、私の拙い英語もゆっくり聞いてくれるとても優しい人で、いつもイスラムについて詳しくたくさん教えてくれる。私は彼女からイスラムやラマダンや礼拝について学んだ。 食事の後、彼女と二人で話す中で、より距離が縮まった気がした。何を話したかは覚えていないが、時間を忘れるほど楽しかった。同じボランティア仲間のもう一人のお友達もできた。音声の翻訳アプリを使って話したり、日本語を教えたりした。トルコに来て初めてこんなにたくさん笑ったし、とても思い出に残る一日になった。 ゾウ

トルコ:kawaiiトルコ語フレーズ

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写真1.数日前に犬に襲われ怪我をした私の足。色んな人から Geçmış olsun! と言われ続けている。 Kawaii トルコ語フレーズ 「切ない」という言葉は日本語にしかない素敵な言葉だとよく聞くが、そういうフレーズはトルコ語にもあるかもしれない。トルコに来て、数多くの可愛らしい、素敵な言葉やフレーズに出会った。今回はその中の幾つかを紹介しようと思う。 まずは Afiyet olsun 。召し上がれ、という意味で 1 番よく聞くフレーズかもしれない。フランス語の Bon appétit によく似た意味を持ち、食べる人も作った人も、みんな揃ってにこやかに Afiyet olsun ! と言い合っている光景をよく目にする。次に Çok yaşa 。これはくしゃみをした時に英語の Bless you! のように使う言葉。長生きしてね、という意味を持ち、言われた方は Hep beraber( みんな一緒にね ) や、 Sen de gör( あなたも私の長生きを見てね ) などの返答をする。他に風邪をひいた時などは、 Geçmiş olsun( お大事に、過去のことになりますように ) という言葉がある(写真1)。 写真2. トルコの友人とのチャットより。 トルコ人の inşallah は大阪人の「行けたら行く」より信頼出来る。 トルコはイスラーム国家だから、アラビア語から来るフレーズも多くある。 Maşallah は神への感謝を表す言葉で、素晴らしい!という意味で使う。例えば美しいものを見た時とか、素晴らしい体験をしたとか、そういう時はこの言葉を使うことが多い。似たような意味で、 Inşallah という言葉があるが、これはもし神が望んだならば、という意味で、そうなるといいね、というようなニュアンスで使う。少し使うまでに慣れがいるけど、こういう言葉も使えるとコミュニケーションがより楽しく感じる。(写真2) みんなで食べた断食中の食事。 Afiyet olsun ! 最後に私が 1 番気に入ったトルコ語を紹介する。 Güle güle kullan という言葉で、楽しく使ってください、という意味。ものを買った時とか貰った時、必ず誰かに言って貰える言葉だが、そんな表現を他の国では聞いたことがないので私はとても気に入っている。言う方も言われる方も嬉しくなる素敵な...

トルコ:トルコ料理には何故ヨーグルトがかかっているのか

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  トルコに来て1ヶ月が経った。 外出していない日はほとんど大学の食堂で食事を済ませることが多い。今日もいつもと変わらず食堂でご飯を食べていると気づいたことがあった。トルコ料理はなぜメインの主食にヨーグルトをかけるのか?と気になった。  日本ではヨーグルトを食べ方はそのまま食べるか、果物などに混ぜて食べるのが一般的だと思った。ヨーグルトをかける理由を考えてみたが、ブルガリアがヨーグルトとして有名な国でありトルコとブルガリアが近いからなのかな?と思っていたが、トルコ人の友達に気になったので聞いてみると、古代には工業用飲料がなかったため、トルコ人はヨーグルトを作り、このヨーグルトを水と混ぜてアイランとして消費していたそうです。(アイランとは塩が混ぜられている飲むヨーグルト))  ブルガリアのことを聞いてみるとそれは関係ないと言われましたがオスマン帝国時代にはバルカン諸国はオスマン帝国の傘下だったため トルコ料理とギリシャやブルガリアの料理には大きな類似点があるそう。 匿名

トルコ:人生初のトルコ

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イスタンブール空港6:00 学生寮の部屋   朝 8:00 の大学内 正門 夕食 関空から約 14 時間のフライト。 3 月 2 日 朝 5:30 にイスタンブール空港に到着。 早朝だったので空港には職員が数人しかいずトルコに着いた実感は無かった。 1 時間程待っているとE bu さんという方が合流してくれた。 イスタンブール空港からイヴンハルドゥーン大学は車で 30 分程で着いた。大学の印象はとても綺麗で広く、朝という事もありとても霧がかっていた。部屋に着いてみると他の留学生と同じと言われていたが、 3 人部屋を 1 人で使うことになった。 1 人が好きな自分としては少し嬉しかった。 荷解きを終えて少し休憩したらお昼から少し栄えているM etrokent に向かった。初めて大学の正門を見た。凄くでかくてネットで調べた通りだった。 Ebu さんについて行き日用品を沢山買ってバスや地下鉄を乗るのに使うカードも買った。街の印象はモスクが沢山ある、猫が多い、運転が荒い、女性は皆頭にヒジャブというスカーフのようなものを巻いている。日本では見れない光景が沢山広がっていて日用品を買い回るだけでも楽しかった。 寮に戻ると夕食の時間だったので夕食を食べに行った。とても歩き回りお腹がすいていたので期待をしているとグラタンの様な物とお米、スープとプリンが出てきた。このプリンは留学に行く前にトルコ留学のみんなと先生で食べたプリンに少し似ていた。料理はとても口に合ってあっという間に完食した。寮に戻ってシャワーに入り飛行機であまり寝られなかったのでベッドに入るとすぐ眠れた。明日から約 3 ヶ月頑張っていこうと思った。 匿名希望

トルコ:初めてのイスタンブールでの1日

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トルコに着いて 5 日目の 3 月 5 日の出来事についてブログを書こうと思う。 この日は、初めてイスタンブールの中心地に行く予定の日でとてもわくわくしていた。グランドバザールや有名なモスクがある中心街は、大学のメインキャンパスがある場所から車で 1 時間ほど離れており、もう一つのキャンパスであるスレイマニエキャンパスはこのイスタンブールの中心地にある。火曜日と木曜日はスレイマニエキャンパスでの授業で、この日は授業の後に、チューターをしてくれている Sevde さんが一緒にグランドバザールに行けると言ってくれたので、楽しみにしていた。 9 時に授業が始まるので、 8 時発のシャトルに乗るため朝 6 時に起きた。トルコは運転が少し荒くて、運転手さんにもよるが、この日はブレーキとアクセルを繰り返す運転の仕方で、酔いやすかった。スレイマニエキャンパスに着いたら、いつも優しくトルコ語を教えてくれる Harun 先生が出迎えてくれて、授業の途中で「チャイ飲む?」と言ってチャイを淹れてくれ、温かいチャイを飲みながら授業をした。また、キャンパスのすぐそばにあるスレイマニエモスクが見える場所に案内してくれて広い景色を見してくれた。トルコに来る前に写真でしか見たことのないモスクを初めて見て、大きくて綺麗で感動した。キャンパスもレトロっぽくて可愛い建物で、とても気に入った。                   写真1. 学校から見えるスレイマニエモスク                     写真2. Harun 先生との記念写真 授業が終わると食堂で Sevde さんと初めて会い、お昼ごはんを食べ、少しお話した後グランドバザールに連れて行ってもらった。キャンパスから歩いて案外すぐのところにあり、終わりがないほど四方八方に道が広がっていてたくさんお店が並んでおり、賑わっていた。イズニックタイルのお店で話を聞いたり、絨毯のお店で高い絨毯を見してもらったりして、初めてのグランドバザールを満喫した。              写真3.思わず撮ったグランドバザールのランプのお店 その後 Sevde さんと一緒にヒジャブを買い、礼拝に着いて行かせてもらったときに早速モスクで着けた。リュステム・パシャ・モスクは、私たちが初めて中に入ったモスクだったが、壁が一面鮮やか...

トルコ:ラマダンの春

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  Iftar( 日没後 ) の食事。みんなカウントダウンをしてその時を待ちわびている。 Sahur ( 夜明け前 ) の食事。寮では遅くとも朝 3 時過ぎから用意がされている。    町のいたるところにあるスイーツ店。食後は甘いものが欠かせない。 今年のトルコフィールドワークの時期は、イスラームにおいてラマザンの時期だ。 この行事はイスラム暦の第 9 月、最も聖なる月に約 1 ヶ月間行われ、今年の日程は 3 月 11 日から 4 月 9 日の 29 日間だ。ラマザン中、ムスリム達は日中の飲食、喫煙、悪口、性行為などを断ち、日々の生活を改めると共にアッラー ( 神 ) との絆を深めるために務める。中でも日中の飲食を経つ行為、断食は大きなイベントである。 私もせっかく来たからには、ということで初日から現時点 (2024 年 3 月 18 日 ) で約 1 週間、皆と同じように過ごしているが、食べること、そして飲むことが出来ないのは結構辛いと感じる。何日か経つと慣れては来るものの、やはり日中はお腹が空くし、 sahur( 夜明け前の食事 ) のために朝 4 時に起きるのは割とキツイ。 けれど周りの人も皆同じことをしている、と思えば不思議と乗り越えられるし、皆で囲む iftar( 日没後の食事 ) は本当に楽しいひと時である。この行事は時期が被らないと体験出来ない貴重なものなので、あと 20 日程、そしてその後の祭りまで、存分に楽しみたいと思う。 ※ラマザンは基本的には Ramadan( ラマダーン、ラマダン ) と表記することが多いが、トルコ語表記は Ramazan なのでそれに合わせてカタカナでも表記している。 Yonca