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日本:京都の街の音3

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調査ももう終盤ということで周縁から中心に入った6月の調査で訪れた寺町京極から新京極である。 調査を始める前からこの場所の人工音をいろいろ想定していたが、4月、5月と調査した今、素晴らしい想定していたよりも多くの音に出会うことができた。 各店から流れる BGM 、そして商店街の音楽、何より新型コロナウイルス感染症の外出自粛が緩和され、活気にあふれた寺町京極、新京極で店員と客、あるいは学生同士など人と人との交流から生まれる音がみられるのがよかった。 想定外の音でいうと観光客向けに販売されている下駄の足音があり、また神社や寺などからまさに京都の古都の風景とモダンな風景が混ざりあって生まれた音がみられた。 写真1:新京極の通りの写真。 モダンな風景と古都の風景の両方から流れる音が いかにも京都らしい。 周縁の通りとの大きな違いはやはり交通量だろう。大通りは交通量が多く、それだけでもにぎやかであるのに対し、寺町商店街では車、バイクは通ることができないため、車の走行音がきこえないのは調査をしている中でなんとも新鮮であった。

日本:京都の街の音(その1)

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   私は四条烏丸、四条河原町、三条烏丸、三条河原町のエリアを対象に、「京都の街における人工的な音」について調査している。あるがままの音すべてを採集し、音の景観をとらえるサウンドスケープと似ている部分もあるが、サウンドスケープは自然の音も採集するのに対して、私の研究ではあえて人工的な音のみを採集するようにしている。 写真1:調査地である四条の街の風景 『車の音や店からあふれる人口音がきこえる』   「自然」と「人工」それぞれどういったものを指しているかということだが、『唯脳論』( 1998, 養老 , ちくま学芸文庫)内の著者の記述より、私は「自然」を人の手が加わっていないもの、「人工」を人の手が加えられたものと認識している。この点において京都の街なみには人工の音が人間を常に取り囲んでいると私は考える。車の音、街中の工事の音、アナウンスの音など少し歩いただけでも数えきれないほどの人工的な音が耳に入ってくる。数万年前までは自然の中で暮らしていたにもかからず、だ。人間の体自体は睡眠や食などの生活の根本的な部分を見ると未だに原始時代から大して進化していない。しかし耳に入ってくる音は数万年で人工音が主流となった。私 はそんな人工音が現在人間にどのように作用しているのかを調査している。