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セネガル:セネガルの人々について

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木彫り職人が仕入れた木材              リシャ―トル出身の学生が住む宿舎               デコさんとセイドゥの会話の様子 GS 学科所属セネガル渡航中 3 回生のあんぱんまんです。 今回はセネガルで出会った私の友人たちを紹介することを通じて人々がどのように生活を営んでいるかについてお伝えできればと思います。 まず初めに紹介するセイドゥは、私たちと同じく UCAD (ダカール大学)で学んでいる友人です。彼の魅力は、まさに圧倒的に明るいし社交的であることです。 UCAD のキャンパスを彼と一緒に歩くと、本当に驚くべきことに、何度何度も「セイドゥ!」と声をかけられます。彼は人々からとても愛されており、彼もまた友人たちに深い愛情を持っています。さらに、セイドゥはとても親切な人です。初めて彼に会った時、私のパソコンが壊れてしまったと話したら、「留学中は俺のパソコンを貸してやるよ」と言ってくれました。驚くべきことに、初対面の私に本当にパソコンを貸してくれたのです。 セネガルの人々、そしてアフリカの人々は一般的に来訪者に対して熱烈な歓迎をしてくれますが、彼のホスピタリティはそれらをはるかに凌駕していると思います。彼はリシャートル出身で、ダカールではリシャートル出身者たちが住む学生宿舎の総代を務めています。何か困っていることはないかと常にリシャ―トル出身の学生たちに気を配っていました。その結果として彼の携帯電話が鳴りやむことはありません。リシャートルはセネガル北部の地域であり、彼がその出身地に対して並々ならぬ誇りを抱いていることが伝わってきます。このように彼のリーダーシップと責任感は、学生宿舎の運営やイベントの企画などでいかんなく発揮されています。セイドゥの存在は、セネガルでの生活や人々の暖かさを象徴しています。彼のような友人と出会えたことは、私にとって非常に貴重な財産です。セネガルの人々の心温まる歓迎とセイドゥのユーモア溢れる人柄に触れながら、私は彼がどのような成長を遂げるのか、非常に楽しみです。 次に紹介するのは、前回のブログ記事でも紹介したマルシェ・スンべジュンで働くデコさんです。彼は木彫り職人たちの棟梁であり、セネガルでは珍しくフランス語とウォロフ語に加えて英語も話すことができる職人さんです。デコさんはカザマンス地方出身ですが、現在はマル...

セネガル:リシャトール

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  川の奥がモーリタニア コリテの衣装 UCAD で仲良くなった学生の帰省に同行させてもらい、『コリテ』という断食明けを祝うお祭りに参加させてもらった。 リシャトールはダカールよりさらに北にあり、モーリタニアとの国境付近に位置している地域である。ダカールからはバスで約 6 時間で到着する。いざ到着するとお世話になる友人は先に帰省しており、待っていてくれていた。 家にお邪魔させていただくと、ご家族がとても温かく向かい入れてくれた。それから 2 日ほどたったころに『コリテ』が開催された。どうして日にちで覚えていないかというと『コリテ』というものが満月を見たその日に開催されるため同じ地域でも満月を見た、見ていないで開催日時が若干ずれるのである。 『コリテ』の朝は忙しく始まった。まず起きて、「これに着替えて」と言われた民族衣装に着替え、そして食べ物を持ち近所を歩き、周辺の裕福ではない家に食べ物を順に渡しに行った。『コリテ』という行事をあまり理解していなかったため何をしているのか聞くと、友人曰く「周辺の人に食べ物を分け与えることで “ ザカート ” のようなことを行っている」(注意:私の低いフランス語力による翻訳のためもしかしたら間違っているかもしれません)とのこと。それを聞いてまず思ったのが、「周辺の人(ご近所さん)の経済状況丸見えじゃね?」ということ。 日本にはまずない文化であり、価値観のため非常に驚いた出来事である。そのあ とに家で御馳走をたんまりと食べたが、先ほどのことが印象に残りすぎて、今となっては御馳走がどんなものだったか霞んでしまったものである。(苦笑い) Kany Cisse’

セネガル:まずは自己紹介と現状報告

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GS 学科所属セネガル渡航中 3 回生のあんぱんまんです。 第二回ということで、テーマは歴史的な建造物や魚市場などを、巡った感想について紹介したいと思います。ブログの第一回では食文化について少しだけ取りあつかいましたが、セネガルの魅力は食文化だけではありません。この素晴らしい国には歴史的な名所や美しい自然もたくさんあります。私が訪れたダカール市内には、ゴレ島やアフリカ最西端のポイント・デ・ランドがあります。これらの場所は奴隷貿易の歴史やセネガルの重要な文化遺産を体験できる場所です。強く私の印象にのこっているのはゴレ島にある奴隷収容施設。観光地化して、観光客を獲得しようとする現地の人たちの熱気と建造物やパネルから感じる冷たい歴史のはざまに存在していた自分達がまるで別の世界からゴレ島を見ている気持ちになりました。日本の原爆ドームやドイツのアウシュビッツなども、観光地化されていますが、悲しい歴史を持つ土地で、ここまでの観光熱がある場所は世界でもなかなか類を見ないのではないでしょうか。 また、ダカール市内にはスンべジュン市場と呼ばれる賑やかな市場もあります。ここでは手工芸品や伝統的な衣装、新鮮な魚介類などが販売されており、セネガルのテランガ文化を感じることができます。私はこの魚市場でよくタコを買って刺身で食べています。日本を離れているとこれがたまりません! さらに、ダカール市外には美しいビーチが広がっています。北部にあるニョール島は白い砂浜と透明度の高い海が魅力です。ここでのんびりと過ごす時間は心身をリフレッシュさせる絶好の機会です。 これからも私はセネガルでの様々な経験を綴っていきます。次回の更新では、セネガルの手工業についてマルシェスンべジュンの様子を通じてお伝えしたいと思います。 あんぱんまん

セネガル:セネガルの学生との交流

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  UCAD の学生に振舞ってもらった昼食。ダヘンという料理で味が日本の味噌と非常に似ている。 手は学生にしてもらったヘナタトゥーのようなもの。手に持っているものは ビサップジュースというもので、ビサップという植物を煮出したものだと考える。 今日で大体セネガルに来て一ヶ月が経った。 思い返してみると、この一ヶ月の間でさまざまななところに行き、体験してきたように思える。 そのなかで特に印象的だったのが、 UCAD の学生との交流である。 現地の学生の寮に招いて頂き、昼食を振舞ってもらった。ダヘンというものを食べたが、これが非常に日本の味噌の味がするのである 。最初は驚いたが、食べ進めると止まらなくなる料理である。その後に、仲良くなった同い年の女性に日本でいうヘナタトゥーをしてもらった。下書きもせず、スイスイ描いているのを見て思わず目を見張ってしまった。そして最後にみんなで海辺に行った。その道中、“ Enfants sénégalais ” という歌を教えてもらい、ずっと歌っていた。この曲は数日経っても私の耳から離れない程癖になる曲である。この交流はセネガルに来て 2 週間ぐらいでフランス語が全然分からない状態だった。 しかし、身振り手振り、知ってる限りのフランス語を使って交流できたのはとても嬉しかった。 K.N.