セネガル:五感で感じる信仰の形
現地サポーターの須藤さんとの食事をきっかけに、私の調査は大きな進展を見せた。須藤さんから紹介いただいた安藤さん宅を訪ね、その夫であるカリファさんと出会ったことが全ての始まりだ。カリファさんはティジャーニアの家系に生まれ、ヨルダンでアラビア語を学んだ経験を持つ。自身を「特定の教団というより、一人のムスリム」と俯瞰して捉える彼の視点は、非常に興味深いものだった。そんな彼から紹介されたのが、ティジャーニアのマラブー(聖者)、シェイクさんである。
丁寧な連絡を送るも、四日間の未読。諦めかけていた時、「明日の16時半にモスクに来なさい。インシャーアッラー」というボイスメッセージが届いた。Insha'Allah,「神が望むなら」を意味するこの言葉は、セネガルでも日常的に使われていて、私自身も普段から使用している言葉だ。しかし、突然のことで心の準備が整わないまま、私は指定されたモスクへと向かった。
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| 写真1.シェイクさんの教え |
礼拝を済ませ、少しずつ人が少なくなった頃、ようやくシェイクさんと合流できた。すると彼はモスクの中央にマイクを置き、朗々と教えを唱え始めた。(写真1)18時、礼拝の1時間前にもかかわらず人が増え始めると、中央に大きな白い布が広げられた。それを約30人の男たちが囲み、ついに「ズィクル(神を念じる唱名儀礼)」が始まった。ついに自分の身体でこの空間を体験できたことに、深い感動がこみ上げる。唱えが終わる19時過ぎには、いつの間にか200人を超える人々でモスクが埋め尽くされていた。
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| 写真2.マグリブの後のズィクル |
日没後の礼拝「マグリブ」を終え、すでに4時間近く動いていた私の身体は悲鳴を上げていたが、シェイクさんに「ここに座れ」と促され、再び腰を下ろした。すると突如、モスクの電気が全て消された。暗闇の中で響き渡るズィクル。(写真2)視覚を奪われたことで、人々の声と信仰のエネルギーがより鮮明に、ダイレクトに心に響く。興奮が全身を駆け抜けた。
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| 写真3.チェレヤップ |
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| 写真4.アタヤ |
全ての儀礼が終わったのは、夜の最終礼拝「イシャー」を終えた頃だった。シェイクさんに誘われるまま、モスクの隣にある建物へ足を踏み入れると、そこには豪華な部屋とお手伝いさんの出迎えがあった。そこで振る舞われたのは「チェレヤップ(クスクスにミルクをかけた伝統食)」。(写真3)さらに食後には「アタヤ(セネガル流の茶)」(写真4)とフルーツまで用意されていた。
セネガルに来て以来、最も贅沢で、そして最も濃密な時間だった。圧倒的な感動と、心地よい疲労感。忘れられない一夜となった。O.T




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