セネガル:イスラームの社会

 2回目の渡航となったセネガル。初めての渡航は20248月から9月にかけ、海外ショートプログラムで、ダカール、サンルイ、ゴレ島など短期間のなかで様々な場所を訪れた。首都ダカールのにぎやかな市場や道路の混雑、サンルイの落ち着いた街並み、ゴレ島の歴史的な重みのある空気、教科書や映像で見てきた「アフリカ」とは違い、そこには人々の生活が確かにあり、日常があった。セネガルの様々な文化に触れ、もう一度セネガルに行きたいと思った。

懐かしさと新鮮さが入り混じり、到着した時は不思議な高揚感に包まれていた。私がセネガルに到着したのは227日であり、ラマダン終了まで約20日を残していた。ラマダンとは、月の満ち欠けによって始まる日が変わるというもので、約1ヶ月間ある。この期間、毎朝5時頃から夜7時半過ぎ頃まで、一切の飲み物と食べ物を口にしない。当初はそれほど気に留めておらず、むしろ「断食」自体に興味があったため、楽しみですらあった。

写真① アパートの近くにいる動物たち(撮影日:2026/02/28

しかし、実際にセネガルでの生活が始まると壁に直面した。大学の授業後、喉の渇きと空腹に耐えかねてカフェエリアへ向かったものの、ラマダン期間中のため営業しておらず、どの店も閉まっていたのである。最初の2週間は、こうした環境に慣れるまで苦労した。街を歩いていると羊や牛といった動物たちを目にすることがある。これはラマダン終わりのタバスキ(犠牲祭)というもののため、ムスリムが捧げものとして食べるのでラマダン期間中によく目にした。(写真1日中の断食を終え、日没後はじめてとる食事をイフタールと言い、家族や友人が集まり、食事を共にする。そのため、マグリブ(日没後の礼拝)の前は、店が開店し、食材をたくさん持っている人を多く見かける。実際にイフタールを経験したことがないが、日没前の独特な空気感に触れた。

私自身も断食を経験しようと試みたことがあるが、食事に関しては耐えられても、喉の渇きだけは非常に厳しく、水を飲んでしまった。街を歩くと、人々は唾を吐きながら(体内にものを入れないようにするため)も平然とした様子で仕事や日常生活を送っていた。

ラマダンを実践する人々の姿を通して、信仰に基づく規律ある生活の重要性を実感した。飲食を制限するだけでなく、精神面においても自己を律するその姿勢は非常に印象的であり、強い敬意を抱いたのである。

写真② 大学の近くにあるダカール最大級のモスク(撮影日:2026/03/21


写真③ 友達の家庭で食べたヤッサプレ(撮影日:2026/03/21

320日にラマダンが終わり、仲良くなったマニュという友人の案内でモスクに連れて行ってもらった。セネガルに来て約一ヶ月、待ちに待ったモスクである。案内されたモスクはダカールで一番大きいMassalikoul Djinane Mosquというモスクだ。(写真2)モスク建設時の時からこのモスクに携わっている方に案内をしてもらい、様々な所を見学させていただき解説してもらった。モスクを後にしてマニュについて行くと友達の家に案内された。すると、友達家族が食事をご馳走すると言ってくれた。部屋に案内され、寛いでと言われたので、何か手伝えることはないかと聞くと、「イスラームは食べ物や飲み物を与え、それを否定せず、もてなしの精神がある。」と言って働くことを断られた。ここで強くイスラームの文化に触れた。出てきた料理はヤッサプレと言い、玉ねぎのソースとチキンを絡めて食べる料理だ。(写真3)レストランのとは違い、家庭的でより美味しく感じた。この日を私は忘れないだろう。

O.T


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