投稿

3月, 2026の投稿を表示しています

セネガル:イスラームの社会

イメージ
  2 回目の渡航となったセネガル。初めての渡航は 2024 年 8 月から 9 月にかけ、海外ショートプログラムで、ダカール、サンルイ、ゴレ島など短期間のなかで様々な場所を訪れた。首都ダカールのにぎやかな市場や道路の混雑、サンルイの落ち着いた街並み、ゴレ島の歴史的な重みのある空気、教科書や映像で見てきた「アフリカ」とは違い、そこには人々の生活が確かにあり、日常があった。セネガルの様々な文化に触れ、もう一度セネガルに行きたいと思った。 懐かしさと新鮮さが入り混じり、到着した時は不思議な高揚感に包まれていた。私がセネガルに到着したのは 2 月 27 日であり、ラマダン終了まで約 20 日を残していた。ラマダンとは、月の満ち欠けによって始まる日が変わるというもので、約 1 ヶ月間ある。この期間、毎朝 5 時頃から夜 7 時半過ぎ頃まで、一切の飲み物と食べ物を口にしない。当初はそれほど気に留めておらず、むしろ「断食」自体に興味があったため、楽しみですらあった。 写真① アパートの近くにいる動物たち(撮影日: 2026/02/28 ) しかし、実際にセネガルでの生活が始まると壁に直面した。大学の授業後、喉の渇きと空腹に耐えかねてカフェエリアへ向かったものの、ラマダン期間中のため営業しておらず、どの店も閉まっていたのである。最初の 2 週間は、こうした環境に慣れるまで苦労した。街を歩いていると羊や牛といった動物たちを目にすることがある。これはラマダン終わりのタバスキ(犠牲祭)というもののため、ムスリムが捧げものとして食べるのでラマダン期間中によく目にした。(写真 1 ) 日中の断食を終え、日没後はじめてとる食事をイフタールと言い、家族や友人が集まり、食事を共にする。 そのため、マグリブ(日没後の礼拝)の前は、店が開店し、食材をたくさん持っている人を多く見かける。 実際にイフタールを経験したことがないが、日没前の独特な空気感に触れた。 私自身も断食を経験しようと試みたことがあるが、食事に関しては耐えられても、喉の渇きだけは非常に厳しく、水を飲んでしまった。街を歩くと、人々は唾を吐きながら(体内にものを入れないようにするため)も平然とした様子で仕事や日常生活を送っていた。 ラマダンを実践する人々の姿を通して、信仰に基づく規律ある生活の重要性を実感した。飲食を制...